KZ PR3とその他KZイヤフォンの話

2024-06-30

私は最近KZのイヤフォンを使っている……という話をどこかでしたつもりでいたのだけど、ブログにはないっぽい。

2020年9月にZSN Proを入手したのを皮切りに、ZSN Pro X, ZSTx, EDCX, ESX, そして今回PR3と6台使っている。

こう書くとKZのファンで、KZをものすごく気に入っているみたいに聞こえると思うんだけど、実はそうでもなくて、最初にZSN Proを使ったときに関してはむしろ残念音質の中華イヤフォンだなと思ったくらい。

KZは中国のメーカーで、中華イヤフォンの中では結構有名なほう。 基本的には多ドライバモデルが多い。

で、そんなに気に入らなかったのになんで使ってるのかってことなんだけど、まずKZはケーブルが脱着式で、イヤフォン側端子は0.75mm 2pinまたはQDC 2pinになっている。 私が持っている中だと、ZSTxだけが2pinで、ほかがQDC。

で、この2pinのケーブルがすごく耳にかけやすい形状になっていて、非常に安定感が高い。 外で有線イヤフォン使うと、ケーブルが引っ張られて不安定というのが私はずっと気に入らなかったから、この安定性の高さは音質に妥協しても価値があると思った。

でも、ケーブル脱着式で、かつその価値を感じているのはケーブル側の機構だから、イヤフォン自体をKZにする必要はあまりなくて、特にKZ純正アップグレードケーブルも売ってるし、そのせいで純正ケーブルは手元に余ってるので、QDCのイヤフォンならなんでもいい感はある。

2pin? QDC?

2pinは0.75mmまたは0.78mmの細い2本1組のピンを挿す方式。 ピンの太さが違うので、2種類あるってことになる。

昔からある汎用の形式で、2pinのケーブルはQDC 2pinやTFZ 2pinのイヤフォンにも普通に挿さる。

QDCはピンを覆うようなカバーがついた構造になっていて、これに対応するためにイヤフォン側は高さを上げる台座がついてる。 QDC 2pinのイヤフォンに2pinのケーブルを挿すことはできるけど、逆に2pinのイヤフォンにQDC 2pinのケーブルを挿すことは、カバーが邪魔になるので加工しないとできない。

あと、QDC 2pinは0.75mm固定で0.78mmがない。 QDCのほうがケーブルを探すときに事故がないけど、QDCのものがただ2pinとだけ書かれていたりするので、それはそれで難しい。

簡単なレビュー

ZSN Pro

1BA+1DDという2ドライバのモデルで、KZを有名にしたモデルでもある。

基本的に「音が近い」。全部の音がめちゃくちゃ前に出てくる。 シンセの高音域が痛い……

ちゃんと音楽聴けるイヤフォンにはなってるけど、進んで使いたいとは思えない面白みがない上にキンキンするイヤフォン。 中華イヤフォンの「当たり」のやつはこの価格帯でも結構いい音がするので、コレじゃあちょっと及第点はあげられないな。

抵抗24Ω、感度112dB。

ZSN Pro X

ZSN Proの改良版。ドライバはZSN Proと同じく1BA+1DDの2ドライバ。 1000円くらいする銀メッキ銅線アップグレードケーブルが標準付属。

「Xつけたって、同じようなもんじゃん?」と思いきや、サウンドはめっちゃ違う。 ZSN Proほど高音が痛くない(いや、それでもまだしんどい音してるけど)し、低音に締まりが出てハードコアEDMとかでもちゃんと聴けるようになった。

ウッドベースのサウンドだってちゃんと響かせるようになったし、伸びやかな女声ヴォーカルだって全然イケる。

音の広がりがなくて、当たりが硬いのでちょっと疲れやすいサウンドしてるけど、十分に合格ライン。

抵抗25Ω、感度112dB。

ZSTx

ZSN Proと並んでKZを有名にしたZSTの改良版。 ZSN Pro X同様にアップグレードケーブルが付属。

ZSTxはプラスチックシェルで、よく言えばおしゃれ、悪く言えばチープ。 1BA+1DDの2ドライバ構成で、ドライバ自体は基本的にZSN ProやZSN Pro Xと同じもの。 お値段はZSN Pro Xが2000円台なのに対して、1000円くらいというまごうことなきエントリーモデル。 おや、おかしいな? 1000円くらいのアップグレードケーブルがついているのに1000円で以下略。

音は、ZSN Pro Xと比べても高音がマイルドでずっと聴きやすい。 低音はそれなりに出ているし、ヴォーカル域はちゃんと前に出ているから聞き取りやすい。

けどまぁ、お値段相応という表現でいいのか、音がぼやけすぎてて、ちょっと音楽を楽しみづらいサウンドをしてる。 疲れにくいからこれで聴いていても良いっちゃ良いんだけど、いい音で聴きたいという欲求とはいまいち噛み合わない。 イヤフォンのキツい音が苦手という人にはいいかなと思うけど、私はもっとノリノリになれるサウンドがいい。

BGMつきで声を聴くには良いので、FMラジオとか、最近だとチルな雑談配信とかを聴くのには結構良いと思う。

抵抗12Ω、感度107dB。

EDCX

世代が一気に飛んだけど、KZのエントリーモデル。 といっても2000円くらいする。

KZと言えば多ドライバなのだけど、こちらは10mmの1DDという非常にあっさりしたもの。

従来と違い高音が全然痛くない、というか全体的に随分控えめ上品なサウンド。ピアノやハイハットの音が刺さらずにすんなり入ってくる。 低音は結構押しが強くて、若干こもり気味。というか全体的によく言えば上品、悪く言えばこもってる。

評価は結構難しくて、良いと思うときもあれば、安っぽいと思うときもある。 方向性は「若干もこもこして低音強い」で、ZSN Pro XやZSTxがまだ高音刺さる感じなのに対して、EDCXはむしろ高音マイルド族なのでずっと聴きやすい。けど、それが「音が出てない」と感じるときもある。

このイヤフォンは、私がドラム叩くときにモニターとして使ってる。 分離が良いし聞き取りやすいので、変則な入りも逃しにくい、良いイヤフォン。

抵抗20±3Ω、感度103±3dB/mWという、抵抗大きめ、感度低めのためちょっと音量出づらい。

ESX

KZの10周年記念モデルとして登場したもの。 12mmのラージサイズ1DDという非常に真っ向勝負な製品。 日本ではKZ Flagship Storeが短期間売ってたけど、かなり少数だったみたい。 AliExpressでは一応、まだ入手可能。 私が買ったときは4200円とちょっと高かったけど、AliExpressでは3000円以下。

先に言ってしまうと、このイヤフォンはマジで良い。

分離がしっかりしてて、音の立ちが大変良くて、ミックスもよくわかる。 音の広がりもあって、音楽に没頭するのに素晴らしい。 かなりキラキラした音なので、疲れるって人もいると思うけど、音に溺れたいときに使うイヤフォンとしてこれ以上のものはない。

低音はかなり強くて、バスドラムやベースのサウンドはズンズン響く。 ただ、分離がしっかりしていて立ちもいいからもわもわした感じはなくて、ドラムもベースもしっかり聴き取れる。

「でもお高いんでしょ?」と思うじゃん? 3000円以下なのよ……

気に入りすぎて、結構お高いケーブルと組み合わせて使ってたりする。

抵抗22Ω、感度111.59±3dB。 EDCXと比べてスマホに挿しても鳴らしやすい。

PR3

13.2mmのプラナー(平面磁界駆動)モデル。 KZ初のプラナーモデルとして出てきたPR1から3代目ってことになる。 お値段も15000円くらいだったPR1からだいぶ安くなって、AliExpressなら5000円以下で買える。

予め言っておくと、PR1はかなり評判が悪かった。 「せっかく買ったし、KZ初のプラナーだし」みたいな、なんとかよく評価したいという気持ちがありありと出ちゃってる文章で「クセが強すぎる……」と言われまくってた。 その上で、PR2, PR3と改良されてきたという経緯がある。

実際使ってみると、「鳴らし手」と「音量」の影響がめっちゃでかい。 そもそも全然音量出ないのだけど、Axon7(DACにAK4490を載せてる)でMAXまで上げれば、まぁなんとか聴ける。 ヘッドフォン用出力を持っているオーディオインターフェイスだともっと鳴りやすいけど、どちらにせよPR3がちゃんと鳴るようになる音量は私が聴く音としては大きすぎてしんどい。

くっそ抵抗高そうな音してるけど、実際の抵抗は15±3Ωとむしろ低い。 けどこれが低すぎで、M-TRACK Duoのヘッドフォン出力は32Ωなので-15.265dBの電力損失になる。というか、そもそもAndroidの仕様では最低16Ωを要求している。 スマートフォンの出力抵抗はまぁだいたい3Ωくらいだから、抵抗が少ないのは別に問題ではないとも言えるけど。 さらに、感度は94±3dBと超絶低いため、マジで音量出ない。 感度は仕方ないにしても抵抗はもうちょっと高くできたんじゃないのか。

そしてこのせいでリケーブルの効果が大きい気がする。 素の抵抗値が低いから、ケーブルの抵抗値変動に影響されやすいのだろうか。1

また、フィッティングに対してかなり敏感なので、使用するイヤーピース2によって印象がかなり変わりそうでもある。 もちろん、聴取姿勢の影響も大きく、フィッティングが不安定な外出時の利用には明らかに適さない。

他の製品と文章の長さが全然違うが、ここまで特筆すべき、「ピーキー過ぎて超絶使いづらい」を並べてきたのだ。

じゃあその使いづらさと引き換えられるような素晴らしいサウンドを持っているかというと、そうでもない。 基本的には上品な方向で、シンバルやシンセの音が痛くない優しめのサウンド。 しかし言い換えれば、低音も高音もヴォーカルも前に出てこないのでサウンドに立体感がなくて、音がごちゃっとした印象になる。私が調和する方向よりも音が立ってる方向の方が好きというのはあるけれど、それにしてもドラマティックな曲も随分あっさりになっちゃうので「良い」とは言いづらい。

方向性はZSTxに似てる。音自体はZSTxよりさすがにずっと良いと思うけど、好みの問題を差し引いてもESXのほうがずっと良い。 ただ、それでもEDCXとの比較ならPR3のほうが良いと思う。 単にESXが良すぎるのかもしれない。 また、ESXが若干疲れる音をしていることもあり、もしかしたら慣れたらPR3のほうを好むようになる可能性もある。 ただ少なくとも、「プラナーこそが絶対に良い」ということはないということはわかる。

余談だが、横になって(つまり枕に頭を置いて)聴いていたら、響きが深くなった結果ESXより良い気がした。 イヤフォンを評価することの難しさをとても感じた1台でもあった。

難しいけど、難しく考えなくていいよ

音はそもそも、常に一定に聴こえるものではない。 聴く人の体調や精神状態にものすごく影響されるし、加齢の影響もある。 温度・湿度でも変わってくるし、聴く人が太ればそれも変わる。

イヤフォンの場合フィッティングがあるからそもそも安定したリスニングを得ることが非常に難しく、頭が何かに接していることの影響も大きい。 「感覚上の聴こえ方」に影響する要素があまりにも多くて、ちゃんとした確度を持って語るのが難しいものだ。 かくいう私も、音を聴き分けることを仕事にしているけれど、イヤフォンの評価に関してはあんまり自信がない。さすがに「高音が突き刺さる」みたいなあからさまなやつはいつ聴いても変わらないけど、いいと思うかどうかみたいなのは評価はかなり安定しない。

例えばESXは基本的にいつ聴いても「このイヤフォンはほんとに素晴らしいな!」と思うけれど、そもそもESXを使うのが音楽に浸りたくて仕方ないときであって、なんとなく音楽かけるときはスピーカーで鳴らすか、K712 Proで聴くから、聴く条件自体が限られてる上での「いつ聴いても」だったりする。

ESXはかなりキラキラしたサウンドなので、作業BGMとして聴くのに良いかというと微妙なんだよなという面があって、比較するために聴いたりするといつも感じてるほどはよく感じなかったりする。

ここにイヤーピースの知識とか、ケーブルの知識とか、さらには音と電気に関する知識とか色々なものが絡んできてめんどくさいと思うんだけれど、基本的にはあまり難しく考えなくていい。 適当に買っていれば、いずれ「だいたいいつも使うやつ」「こういうときはこれを使う」みたいな形で選別されていく。 良い悪いの指標も存在しないわけではないけれど、結局気に入っているかどうかの話だから、自然体が一番。

KZが世の中で言われているほど良い音してるとは思わないし(ESXを除く)、驚異のコスパかどうかは「最高に気に入る中華イヤフォンを引くためのギャンブル」をどう思うかどうか次第だと思っているのだけど、KZを選ぶのが良い面というのもある。

まず私がKZを選ぶ理由である、付属のQDCケーブルのフィット感が素晴らしいということ。 これに関してはKZの純正アップグレードケーブルを使えばQDCのなんのイヤフォンでもいいから、イヤフォン自体にKZを選ぶ必要はないんだけど、アップグレードケーブルも安くないので、KZを選べばお手頃にこの環境が手に入る。 ただ、以前の(ZSN ProやZSN Pro Xとかに付属している)ケーブルと比べてイマイチになってるから本当にそれがいいかは微妙だけど……

次にリケーブル可能であること。 これは、リケーブルで音質追求ができるという話をしているわけではなく、そもそもイヤフォンが使えなくなる最大の理由であるケーブル断線に対応できるから、気に入ったイヤフォンを長く使えるという意味と、マイク付きCITA 4極とマイクなしTRSミニ 3極のどちらが良いか問題3で後から後悔してもケーブル交換である程度なんとかなる4し、なんならBluetooth化5もできる。

リケーブル可能なのは逆も言えて、QDCのBluetoothユニットや、お気に入りのケーブルを入手したけど、イヤフォン自体はそこまで気に入らなかったというケースではイヤフォン側を替えることもできる。

さらに様々なラインナップが存在していて、互換性のあるところでメーカーを乗り換えていくことも考えられる。

そういう入り口として定番だし、いいんじゃないかなぁ、と私は思ってる。

といっても、私はケーブルが気に入ってKZ使ってるだけで、「KZで始めるのが良いよ」というつもりはない。 というか、この手のやつはそれぞれのメーカーを結構な熱量で推してる人たちがいて、私はそういう人たちに対抗できるほどKZを熱く語れるわけでもない(なんなら、他のメーカーも試していきたいとすら思っている)ので、この知識をもとにお好きなやつで始めれば良いと思う。 ただ、AliExpressで取り寄せるのに抵抗がないのなら、ESXは一度聴いてもらいたい非常に素晴らしいサウンドを持っている。

最終的には、「自分がいいと思うもの」をいくつか集めて、自分の気分やコンディション、あるいは環境に合わせてチョイスできる状態になれると良い。 最終的なゴールがそれなのだから、そんなに難しいことではなく、なにか「こうしなければならない」というような掟があるわけでもない。 単に、KZを選ぶことが「イヤフォンはじめたい」という気持ちに対してちょうどいい入門になるというだけのことだ。

おまけ: 音声評価とイヤフォンレビューの話

サウンドディレクターとしての仕事の仕方というのは、いくつかのアプローチがある。

例えば、「あるべきゴールを見据えて比較する」という方法。 ある音を聴きながら、違う音を頭に保つというのは非常に難しい(それができるなら、それだけで仕事になる余地がある)けれど、それができる前提で言えばゴールとどこにどれくらい差があるかというのは割と簡単にわかることだから、それをもとに「こうしよう」という風に言えば良い。

あるいは、あたえられた音からある1要素にフォーカスしてそれをフォーカスするにはどうしたらいいかということを考える方法。 具体的な方法まで考えるのは仕事ではないということも多いけど、この場合基本的には「良い状態」を定義するというのが一番大事な仕事になる。

こうした音声評価はイヤフォンレビューとは全く質が違う。 前提として、(一般の人と比べて)非常に小さな音の差異を聞き分けられるというのは基礎技能として求められる部分だけど、やってることが全く違う。

仕事で使うヘッドフォンやスピーカーを選ぶときに関しても、イヤフォンレビューやリスニング機材選定とはだいぶ話が違う。 「仕事道具として求められる性能」の評価を行うことになるからだ。

例えば、AとBの音を区別する必要があるとして、AとBの区別をつけることが難しいヘッドフォンは選べない。 また、最終的な「良いデータ」を得ようとするときに、「良いデータ」とかけ離れたサウンドが「良いデータの音」に聴こえてしまうヘッドフォンも選べない。 こうした性能要件・機能要件から決めていくことになるため、自分が選んだ仕事道具の話をすると、どうしてもピンポイントな要素の話になってしまう。

じゃあリスニング機材を選ぶときはどうするのかといえば、前提として好みがあるものだ。

料理で考えてみよう。 繊細な味を好む人もいれば、パンチのある味を好む人もいる。 辛いのが好きな人もいれば、辛味が強いと味を感じられないと好まない人もいる。 渾然一体となった丼物が好きな人、料理を組み合わせて味わいたい人、一品ずつ食べる人もいる。 そういった自分のスタイルを背景とした結果として「これが好き」というものが表れるわけで、リスニング機材も同じようなことが言える。

私は基本的にはちゃんと採譜ができて、ミックスがどうなっているかが手に取るように分かる分離の良い音を好むし、音の広がりや包まれ感を大事にする。 ドラムやベースが好きだから、ドラムやベースがパリッと立つようなサウンドが欲しいし、高音に対して感度高いほうなので、高音がキンキンするやつはとても苦手。

普段音楽を聴いているときの音量は、室内だとレベルメーターにカナルイヤフォンを押し付けた状態で75〜79dBくらい。

私の評価はこうしたことを前提にしているし、この前提が変わると評価は根本的に変わってしまう。 例えば、すべてをちゃんと聴き取るのが難しい音量で聴いている人は、小さな音量でもヴォーカルが前に出るものを好んだりする。

だから根本的にイヤフォンを評価するというのは意味のない行為なのだ。 たくさんのサンプルを集めて、私がどういう耳をしていて、どういう音を好むか知ることができれば、私が言っていることからどんな音なのか想像がつくようになる……程度。 そもそも、今どき2000円以上のイヤフォンでそうそう客観的に見た明確な悪い点が存在したりはしないし、人にはイヤフォンの特性の違いよりも大きな聴覚特性の違いがあるためにマジで、本当に意味がない。

さらに言えば、音の繊細な違いを表現できるほど言葉は豊富じゃない6ので、どうがんばったって数多くのものをレビューしたら同じような表現が出現し、出現した言葉を並べて比べても何がどう違うのか、直接比較したらどういう違いが出るのかを読み取れるような文章にはならない。

だからこの記事だって、誰が見ても明らかな話は「私はZSN Proを気に入らなかった」「ZSN Pro XやZSTxよりもEDCXを高く評価し、それよりもESXをとても気に入っている」くらいしかない。

だから、あなた自身の指針で、あなたが良いと思うものを見つければ良いのだ。

おまけ ESX vs K321

AKG K321は古いAKGのエントリーモデル。 5.8mmという極小のDDを搭載するセミオープンタイプだ。

もともとの価格が2000円程度、末期は800円くらいで売られていた。

当時私は1万円くらいまでのイヤフォンを色々試して、これが一番気に入って2本購入した。 楽器のサウンドがあまりにも高解像で、採譜のしやすさはモニターヘッドフォンより優れているということに衝撃を受けた。 とても気に入っていたのだが、廃盤になってしまってから温存の意味で使うことがほとんどなくなってしまった。

昔衝撃を受けた最高のイヤフォンと、今私が名機だと思っている最高のイヤフォンを聴き比べてみた。

実際に久しぶりに聴いてみると自分が辿った道が良くわかるものだった。

K321のサウンドは確かに楽器の音がはっきりしていて、非常に採譜がしやすいサウンドだ。 ただ基本的には迫力にかけるチープさを感じる音でもある。 これは軸が短く、これに合わせた傘の小さいイヤーピースを採用しているからというところが大きく、浅めになる上にセミオープンだから低音が薄い。

イヤフォンを軽く抑えるとむしろ低音ゴリゴリなほうだということが分かるが、フィッティングに安定感のないイヤフォンでもあるため、その状態で聴き続けるにはじっと音楽に集中し、手はイヤフォンにフィッティングに回すしかない。

サウンド最優先のその使い方をしたとしても、今の私はESXに軍配を上げる。 迫力のあるサウンド、良好な解像感、音の広がり、どれをとってもESXのほうが圧倒的にドラマチックであり、フィッティングに悩まされることもない。

だが、それでも当時の私ならK321に軍配を上げていたかもしれないとも思う。

当時の私は現在よりずっと音楽の仕事の比重が高く、人間性も「プロ音楽家」だった。 だから求めるサウンドは分離最優先で、「採譜適性」が評価の7割くらいを占めていた。残り3割はモニターとしての「分析適性」だ。 K321のサウンドは今の私にはとても物足りないが、「採譜」「分析」という観点に絞って考えればESXに対してアドバンテージがあるようにも思う。

一方、当時私が仕事で使っていたモニターヘッドフォンはULTRASONE HFi-580で16000円くらいのものだった。 その前に使っていたのはMDR-CD900STでこれもだいたい同じくらいの価格。 プロとしては消耗品かつ経費であるモニターヘッドフォンに高いものを使うことには否定的だったし、MDR-CD900ST以外7を使うことすら冒険だった。 イヤフォンで一番高かったのはソニーの8800円のものだ。

そこから音楽の仕事は少なくなっていき、モニターヘッドフォンは12万円のSignature Proに替えた。 さらにその後はSignature Studio, SRS-3100, K712 Proといった高価なヘッドフォンを使うようになったし、イヤフォンもそうした経験を基準に選ぶようになった。 聴く音楽だって変わった。そもそもの流行が変わったというのもあるけれど、今ほどエレクトリックな曲を聴くことは少なかったし、音楽を聴くときは「奏者がどのようなプレイをしたか」が浮かぶように神経を張り巡らせていたけれど、今や生楽器収録自体が随分と減った。

そうした変化の中で私も少しずつ一般的な「リスナー」に近づいていき、同時に音に贅沢になっていったのだろう。 それが今改めてK321を聴いたときのちょっとしたがっかりとして表れているように感じた。

ついでに言うと、K321とESXでは密閉度が段違い、つまり耳にかかる負荷が全然違うということなので、「昔はこれくらいの音量でこれくらいの時間聴いてた」とかいう感覚で聴いていると危険だということに留意すべきだということも感じた。

おまけ2 SpinFit

SpinFitは人気の汎用シリコンイヤーピース。 特定サイズ2セットで1000〜2000円程度とあまり高くなく、汎用性があり、品質も高いため人気だ。

イヤーチップはイヤフォンの中でかなり効果の大きいアイテムであるため、純正イヤーチップが合わなかった場合は試してみる価値は高い。 また、音質がいまひとつ気に入らなかった場合に試してみるというのも良い。イヤーチップの交換は難しい話ではないため、試して結局良くないのであれば外して別の良いイヤフォンに装着すれば良い。

ただ、SpinFitのラインナップはややわかりにくい。 そこでここで簡単に触れておこうと思う。

まず標準的なラインナップになっているのがCP100+, CP145, CP155だ。 これは主にサイズ違いであり、CP100(+)がノズル径4.5〜5.5mm, CP145が5〜6mm, CP155が6〜7mmにフィットする。 最も標準的なのはCP100(+)で、CP145はTWS8やマルチBAドライバなどやや太い軸を持つものに適合する。 CP155は極端に太い軸を持つ一部のTWS向けだ。

CP360(廃盤)はCP100のTWS向けハイグレード版と考えてだいたい合っている。 これのモデルチェンジしたものがOmni。チューブが3段構造になっており、軸に対するフィット性が良く、耳への追従性も高い。OmniはTWSだけでなく有線イヤフォンにも適合すると書かれるようになった。 CP1025は軸が短いワイヤレスイヤフォン向け。

W1はOmniと同じポジションの有線イヤフォン向け。イヤフォンに対する互換性はCP145と同じグループ。 重いイヤフォンを耳で支え、グリップ高め・硬めの素材で外れてしまいづらいようになっている。

CP100にすべきかCP145にすべきかは意外と難しい。 ESXが4.6/5.6mm, PR3が4.7/5.7mm。ZSTxは5.3/5.4mm、ZSN Proは5.3/5.7mm、多ドライバのUiiSii DT800は5.0/5.7mmというところで、ESXおよびPR3に関してはCP100は装着時からきついが、CP145だと使ってると外れそうだなと感じる。

Model Driver Thin Thick
EDCX DD 4.6mm 5.2mm
ESX Large DD 4.6mm 5.6mm
PR3 Planar 4.7mm 5.7mm
ZSN Pro 1DD+1BA 5.3mm 5.7mm
DT800 (UiiSii) 2DD+2BA 5.0mm 5.7mm
K321 (AKG) Tiny DD 5.4mm 6.4mm

SpinFitは軸がやわらかいので装着できるが、同サイズの軸でも軸が硬いイヤーピースだと5.7mmあるものは装着が非常に大変だ。

基本的にはCP100+で良い。5.7mmはきついがCP100+ならつけるのが難しいほどではなく、機能としても不具合はない。 軸が2段になっているタイプに関しては5.7mmでもCP100+で良いだろう。 細い部分でも5mmを超えるようなものや、太い部分が5.8mmあるものに関してはCP145にしたほうが良い。 そしてこのように落差のあるイヤフォンの場合は高価だがOmniのほうがもっと良い。

私はSpinFitを使い始める前は補修部品として6ペア700円くらいのものを使っていたのだが、そこからすると2ペア1500円のSpinFitは6倍ほどの値段になる。 この違いは、100均で売っているものとの差ほどは大きくなく、フィット感に関してはSpinFitのほうがずっと優れているものの、値段ほど音の差はないのが難しい。