序
近年よく聞く「昔はこんなに夏が暑くなかった」「異常気象で秋がなくなった」という言い分。
その「昔」がどの程度昔かによるだろうけれど、私の人生40年の範疇で言えば、「いや、昔から夏は暑かったし、秋もだいたい暑くてたまに寒かったが?」なのである。 特にこの20年は、気候を過剰にダイレクトに感じることができるバイク乗り生活をしていることもあり、その言い方はどうにも現実とかけ離れているように思われる。
どうも、秋は涼しく心地よい気候の日々だとか思っているようだが、そんなことはずっと前からない。 そんな気候なのは東北の一部地域くらいのものである。
さぁ、データと向き合う時間だ。
気象庁の偉業
気象というのはもとより国家の重大事だが、こと日本においては気象災害が発生しやすく、漁業も盛んであることから重要視されており、気象庁は非常に重要な役割を担っている。
気象を民間にゆだねている国すら多い中、気象庁は世界でも特に優秀な機関だ。
その気象庁は1876年1からこれまでのすべての観測記録をデジタル化し、すべて公開している。
さらにオープンデータ化されており、CSVでダウンロードもできる。
気象について推測や思い出で語る必要はない。 すべて記録で確認できるのだ。
バイクと気温での体感の話
バイクに乗っていると、気温は温度計をみなくてもだいたいわかる。
エンジンの熱やフェアリングの有無にもよるが、28℃あたりがメッシュジャケットが欲しいライン。31℃になるとフルメッシュでないときつい。
26℃あたりがフルメッシュはきついところで、20℃を下回ると部分メッシュでもつらい。 だが、26℃では冬ウェアのベンチレーションでは暑く、23℃くらいまでは下がって欲しい。
18℃以下は走行中はベンチレーションを開いていると体が冷える。8℃あたりからは手足の感覚がなくなってくるラインだ。
これを一般の「外にいる人」に当てはめると、28℃くらいまでなら湿度が低ければ過ごしやすいと感じる人が多い。 だが、体を動かすと暑い。
湿度が高い場合は、23〜24℃あたりまでは「暑い」「不快」と感じる人が多い。
25℃は夏日だが、羽織るものが欲しいと感じる女性は多いようだ。 23℃くらいになると、薄着の女性はかなり少なくなる。
20℃を下回ると「肌寒い」である。 春だと20℃くらいでのもコートを着てる人はそれなりにいるし、20℃で半袖は暑がりさんだ。
都心なら冬場でも最高気温は10℃くらいはあり、20℃から厚手の羽織るもの、ちょっとしたコート、しっかりとした防寒と、この10℃のレンジに詰まっている。 多くの人が「快適な気候」と感じるレンジは、せいぜい2〜3℃の範疇であり、一日の変動も収まらず、かなりピンポイントで、当然ながら得難い。
なお、気候に対する人々の体感に興味がある場合は、ウェザーニュースでは主観を投稿できるようになっており、これが参考になる。
秋の話
さて、秋の話をしよう。
以下に示すのは、20年前(2003年)の横浜の9月のデータである。
19日までは当たり前のように30℃を越える真夏日が続いている。最低気温もあまり低くないため、「昼は暑く、夜は過ごしやすい」くらいの感じだ。今もだいたいそんな感じだろう。 ただ、この年は割と風があったようなので、めちゃくちゃ暑かったということもないかもしれない。
20日から急激に涼しく、というより寒くなっている。最高気温16℃なんて言ったら、多くの人は「冬になった」と口にするだろう。
ここで降水量を見てもらうとわかるが、20日、21日は台風であった。 雨が季節を運ぶ、というのは秋の風物詩。台風がくると一気に寒くなるし、まとまった雨があるとだいたい気温は一段階下がる。 この年はそれ以降気温があまり上がらず、一気に冬に向かっていった。
翌年、2004年も見てみよう。 この年は2003年と比べると涼しい9月だった。4日に台風が来て、そこで気温が下がったという面がある。 ただ、単に気温が低かったということだけでなく、この年は9月はかなりぐずついた天気が多かったようで、天気概況としても雨が多く、降水量もそれなりにある。 8月と違い、9月は雨の日は気温も低い傾向にあり、しかし24℃くらいあれば雨だと蒸し暑く感じられるため、この年も快適ではなかったと思われる。
というか、2004年の9月は、私はバイクに乗っていてウェアに困りまくっていた記録が残っている。 当時はフルメッシュorクシタニのゴアテックスだったため、この気温の雨でフルメッシュは耐え難いが、冬ウェアだと蒸れて暑いのだ。
秋、というか冬に向かっていく季節は、暑い日は暑く、寒い日は寒く、ほどよい気候の日は寒暖差が激しい、という傾向にあり、バイク乗りにとってはそんなにツーリングに向いていない。 別にちょっと乗ってくるくらいなら快適なのだけど、本格的にツーリングすると朝昼夜と寒暖差の直撃を受ける上に、標高の高いところを走ったりもするため、1着のウェアで対応するのが難しいのだ。
私は、クシタニのゴアテックス製のウェアを長年愛用しており、これは冬ウェアなのでどちらかといえば寒い寄りの日に好んで乗る。暑くもなく寒くもなく、というのは、言い換えると暑いときと寒いときがある、である場合が多く、適合するウェア選びに苦労するのだ。
花粉症の問題さえなければ、一日の寒暖差が小さい春のほうがずっと向いている。 秋は落ち葉があったりもするので、夏や真冬ほどではないにせよ、そこまで向いてもいない。
一般的に言えば、秋は「だいたい暑いか、寒い、たまに快適」みたいな感じ。 雨が降ったと思えばいつの間にか冬の気配、なんてのが普通だ。
ただ、本格的に冬を感じるのは10月下旬以降ということが多く、9月はまだまだ「今日は暑い」を言い続けるのがいつものこと。 残暑というやつだ。
夏の話
夏、というと、私にはすごく印象に残っていることがある。 1990年の8月だ。
私は大阪狭山市に住んでいたのだが、見て欲しい、この最高気温を。 3日なんて37.5℃もある。 8月で最も最高気温が低かったのは13日の31.2℃。 8月で30℃に届かなかった日がなく、これは東京では2023年に初めて起きたことだ。
これがどれくらい暑いのか。
2022年の横浜は、8月の最高気温が最も低かったのは320日の26℃。30℃に届かなかった日が9日ある。 2021年は20.5℃というやたら寒い日があり、30℃に届かなかったのは7日。 2020年は、私が記憶する限り最も暑い年で、最高気温が最も低かったのは28.7℃でこれが唯一の30℃に届かなかった日。最も暑かった日の最高気温は36.4℃で、まともに息が出来ないほど暑かった。
だが、これを見ても、1990年の大阪のほうが暑い。 景色がゆらゆらとゆれ、アスファルトが緩くなって沈む、という経験をしたのがこの年だった。 このため、横浜に引っ越したときに私が思ったのは、「横浜の夏は暑くない」だ。
では1990年の横浜はどうだったのか? 最高気温が最も低かったのは28.2℃、最も高かったのは34.3℃。 30℃に届かなかったのは3日。大阪ほどではないが、今と大差ない程度には暑い。
ちなみに、今年(2023年)はすごく暑かった。 横浜でも30℃に届かなかった日はなく、最高気温が最も低かったのは31.5℃、最も高かったのは35.5℃。 シンプルに、「2023年はすごく暑かった」という事実があり、対して2022年はあまり気温が上がらなかった日が多かったため、去年は割と涼しかったのだ。
だから、夏がものすごく暑くなったということもない。
もっと昔はどうだったかというと、100年前、1923年の横浜は毎日30℃以上、33〜34℃という日が連日続いたという感じなので、やっぱり今とそんなに違いはない。
ただ、平均のほうはじわじわ上がっている。 というのも、最低気温が下がらなくなってるためのだが、これはおそらく都市化が進んでいるためだろう。 都市は温度が下がりにくい。
「ずっと暑いままで一息つくこともできない」という意味では昔より暑くなっているかもしれないけれど、今の環境だと冷房に全く当たらずに過ごすことはないと思うので、それを体感できるかというと微妙ではないだろうか。
都市気候と温室効果ガス
都市気候は、「都市部は気温が下がりにくい」といった特徴を持った気候のことだが、その原因は非常に様々であり、簡単に言えば「人が集まって文明的な暮らしをしたならば、どうしても発生すること」である。
一方、温室効果ガスは、地球温暖化といった規模の話になってくると難しいことだが、それ自体は「赤外線を吸収し、熱をためる性質がある気体」のことである。 温室効果ガスは様々あるが、注目されるのは二酸化炭素だ。
そして、基本的に「熱を取り出す」ということをするとほとんどの場合温室効果ガスを生じる。 これは人間の生命活動も含む。
都市気候の一因だが、二酸化炭素は重い気体であり、地表近くにたまりやすい。 通常、太陽光線を地面が反射することで空気が暖められるわけだが、地表近くに二酸化炭素が溜まっていると、「人間がいるあたりの空間が熱をためている」かつ「地表から熱が逃げられない」になる。 このため、太陽光のない夜になっても温度が下がりにくい。
もちろん、強風が吹けばこの問題は解消されるが、都市気候は風通しが悪いという問題もあるため、やはり熱がたまりやすい構造だ。
温室効果そのものは科学的事実だが、地球温暖化に疑義が向けられるのは、その影響の程度に関わる部分である。 例えば、温室効果ガスの中で割合の低い二酸化炭素が地球の温室効果のどれだけを担っているのか、太陽など外的要因を含めても温暖傾向は続くのか、など。
だが、二酸化炭素が重いことも、二酸化炭素が温室効果を持っていることも事実なので、二酸化炭素がたまっていたら熱が逃げにくい。狭い空間に人が集まるだけで二酸化炭素濃度は上がるので、都市部はどうしても「夜も暑い」になりやすいし、それは今後も避けがたい問題である。
この話題は海水温の変動などとは関係がない。 そして、気候変動は地表の熱に空気が暖められるという面もあるため、ゲリラ豪雨(短時間大雨)は地表熱によって大気の不安定な状態が加速されて上昇気流の速度を上げ、スーパーセルの発達を促す要素ではある……という意味では関係あるが、もっと激しいもの(大きな災害になるようなもの)は海水温等もっと大きな要因の影響が強いためあまり関係ない。
つまり――
- 夏の最高気温という意味では、かなり長期に渡ってあまり変わっていない
- 秋は寒暖差が激しく、暑かったり寒かったりするのは昔から
- 秋は寒暖差だけでなく気候も不安定で、激しい雨のあとは旧に寒くなるもの
- 9月に東京で真夏日はもともと珍しくない
- 台風は10月くらいまでは普通にくる
- 嵐が来なくなると、もう冬である
- 秋は快適な気候が続くというのは、幻想にも程がある
- 夏の平均気温は上がっている。つまり、エアコンなしなら寝苦しい夜が増えている
- 都市部、特にビルに囲まれているような場所の暑さは増加しているし、今後も増加するだろう
- これらは地球規模の変動によるところより、どちらかといえば人間が集まって文明を発達させているためである
- 快適なバイクライフのために杉は伐採すべき
おまけ
「異常気象が増えたのでは?」「気象が大きく変わったのでは?」というあたりの疑問にも、気象庁は丁寧にデータで答えてくれる。こちらは堺観測所のデータ
例えば、1994年はものすっっっっっっごく暑かったということがわかったりする。 もうそのときには私は大阪にはいなかったけど。
それにしても、日最小相対湿度9はやばい。お肌がだめになっちゃう。 でも横浜には割とそれくらいの値が並んでる。海の近くなのに。地球すごい。