年収1000万円はいかないくらいライフの実態

2022-01-22

この話は「年収1100万円の実態」みたいな話がちょっと話題になっているらしいので、私の話でもしようかな、と。 だいたい似た内容になるけど、ちょっと反論もある。

まず、私の収入はどれくらいか、という話なんだけど、その前にちゃんと用語を整理する必要がある。 私は個人事業主でもあるからだ。

「収入」というのは、入ってきたお金のこと。個人事業主としては売上とほぼ同じ。 一方、「所得」は手に入れたお金のこと。つまり、それを手に入れるのにかかったお金は手に入れる前に事前に支払っているからカウントされない。簡単に言えば、収入から経費を引くと所得になる。

個人事業主の性質として、収入は高く、所得は低くなる。例えばミュージシャンだとして、音楽を趣味にしている人なら楽器代は所得から出ていくものだけど、仕事にしていれば経費になるから所得が下がる。 それを実現するための困難さや労力に見合うかどうかは別として、所得が低いということは税金が減るということなので、所得が低い割にはいい暮らしだったりする場合がある。 一方、個人事業主はその所得で生きていかないといけないわけで、それが成り立つだけの売上が必要になる。だから、暮らしの質に対して収入は高い傾向になる。

ちなみに、個人事業主の所得は負の値になることがある。課税証明書(非課税証明書)を取ると、マイナスで書かれる。

今の私は会社でお給料をもらっていて、それとは別に個人事業主としての収入がある。 個人事業主としての売上はかなり不安定なので、収入には相当な変動がある。 ただ、収入にしてもどんなに上ブレしても1000万円には多分届かないくらい。 ちなみに、2021年に関しては、COVID-19の影響で売上が立たなかったことと、かなり多くの大きな機材を導入したことから大幅な赤字となり、合計所得は500万円にギリ乗る程度になった。

なお余談だけども、この場合単に事業に対して課税されないだけで、お給料で支払った所得税が戻ってきたりはしない。

具体的で詳細な値を出したほうが盛り上がるんだろうけど、向こうは匿名で書いたのに対して、私は身バレしてる身だからそこは勘弁してよ。

また、詳しく書ける理由として、私は前述の所得がマイナスだった極貧生活の期間も長く、あるいは貯蓄はあるけど収入はない生活の期間とか、めっちゃ稼いでたけどその稼ぎを全部親に取り上げられて何も食べられなくて飢えていたときとかがあるので、収入の違いで生活がどう変わったっていうことが言いやすいのだ。

暮らしの基本のはなし

私は、極端に「家」にお金を振っている。家賃光熱費合計だと、月18万円くらいになる。

豪邸に住んでいる、なんてことはないが、ファミリー向けの家にひとりで住んでいる。 これは快適性と仕事の効率、そして荷物の処理が追いつかなかったことが理由だ。 おかげでリモートワークも快適だ。

ファミリー向けではないが、割と普通の家で、別に新築だったり、すごい豪華だったり、めっちゃ綺麗だったり、コンシェルジュがいたり、プールがあったりはしない。 安アパートと比べれば快適ではあるものの、騒音に悩むこともあるし、気密性が足りないと思ったりすることもある。 だからまぁ、普通の家といっていいと思う。誰もが羨むみたいな家ではない。むしろ、大阪で月7万くらいで借りていた新築1Kがすっごい快適だったので、そのレベルの家でこのサイズのものに住みたいと思ったりしている。

家賃光熱費が高い理由に電気代が高いことがある。 かなりパワーのあるコンピュータを一日中フル回転させるようなことが少なくないことが主な理由だ。 エアコンの使用を控えたり、電気をバカ食いする乾燥機はあまり使わないようにしたりと工夫しているのだが、それにしても高い。

まぁ、特に家賃と電気代が高くて、結果だいたい18万円くらい。

でも、「稼ぐようになっていい家に住むようになりました!」ってわけでもない。家を重視しているから稼ぎによらず結構家賃は高めで選んでいるし、まぁ前の家は住んでいる期間が長くて、お金があるときもないときもずっとその家に住んでたからあんまり関係ないかな。

で、次に振っているのが食費。 「量食べる」というのが主な理由で、2021年の食費は月6〜8万円くらいだった。 もうちょっと前は月10〜12万円くらいだったのだけど、あまりにも食べすぎて体調を壊してそこまで食べられなくなったために減った。

食べている内容は、去年はちょっと特殊な事情だった(8時閉店だと仕事が終わってから間に合わない)けれど、ほぼほぼコンビニ。 コンビニでも「お弁当ふたつ、スナック少々、あとお菓子とジュース」ってやると2000円いくので、これだけで月6万円になる。めちゃくちゃいっぱい食べなくても案外行くものだ。 コンビニに行く時間すら惜しいことも少なくなかったから、デリバリーも頼んだ。そうするとさらにちょっと高くなる。

2022年になってからは健康上の理由であんまり食べてないので、食費は半分くらいにはなるはずだ。

食費に関しては、本当に極貧のときは1日ごはん400gでおかずは100円以内って感じだったからすごく楽になったし食費をかけるようになったけど、あんまり稼いでないときに12万とかだったので、普通くらいから上では変わってない。

どんな暮らしなのか

「余裕のある普通の暮らし」が私の感想。

例えば、コンビニにいってお菓子を見て、「あ、これ食べたい」って思ったら買うし、おにぎりでちょっと高いやつがおいしそうだと思ったら買える。これは、「別に考えずに買っても後で苦労することはそんなにない」という意味。

毎日外食は厳しいけど、ファミレスだって「行きたい!」ってなったら行けばいい。 手近なところで行きたいってなる高い店がないからそういう店には行かないけど、行こうと思えば別に月イチで行ったっていい。 ファミレス行ったらパフェだって頼んじゃう。

それくらいの余裕はあるけど、全方位その調子は無理があるので、程度をわきまえた上での話。 ファミレスだって毎日は危険だし、同じノリで高いうなぎ屋とかはいけない。

服は入手性の問題もあり、基本ユニクロ。体型の問題もあるけど、これは貧乏だったときのほうがいい服を着てた。 服は「ちょっといいやつを」をやった時の金額の伸びが大きいので、割と危険。 環境もあって、私は服に関しては結構節約していて、あんまり買わないでがんばってる。 ほぼ部屋着で過ごしてるのに、冬の部屋着はワゴンセールで買った2着しかないしね。

で、これくらいをベースにした生活で、まぁ10万円くらいは毎月可処分になる。

これをどう使うか、っていう話なんだけど、これくらいあると実際余裕はある。

もちろん、貯金してもいいし、「毎月いっこちょっと大きいものを買う」みたいなこともできる。 あと、数千円くらいの欲しいものをちょいちょい買うこともできる。

気にしないで買えるわけではないけど、漫画や小説、CDなんかも割と気軽に欲しいと思ったら買える。買い過ぎたらやばいので気をつけてはいる。

あと小物。ちょうど今日、気になっていた2000円くらいの座布団を買った。 あとティーサーバーがほしかったので、やっすいやつを買った。 一昨日は、中国製の安いゲームパッドを買った。 これくらいでも「今月大丈夫かな?」って気にはなるけど、買ってから気にすればいいくらいではある。 なんだかんだ、1〜2万円くらいのものを月にひとつくらいは買っているし。

ただし、この生活をすると貯金はできないから将来という意味ではまずい。 医療費がかかった場合とか、そういうことを考えると危険な生き方なので、堅実な人なら貯金すべきだ。 引っ越しが必要になったときも困る。

去年に関しては、車とかバイクくらいする防音室とドラム一式を買って(これは分割払い)、そのほかにも高級なベッドを買ったり、PC組んだりとか色々してる。 ここらへんは視野に入るくらいのお金ではあるんだけど、去年は大幅に支出のほうが大きかったので、毎年できるような話ってわけじゃない。

別の見方をすると、他でお金を使わないようにすれば、車を買ったり、バイクを趣味にしたりもできる。 というか、それらと比べて検討した上で、私は防音室とドラムを導入してる。

ただ、他でお金を使わないように、は、その「漫画買っちゃおう」「あ、このお菓子食べてみたい」みたいなのもやめたほうが良い、ということ。 私はそもそもタバコもお酒もしないし、ギャンブルの類もせず、人付き合いがないから交際費は全く出していなくて飲み会などでお金が出ることもない。スパチャを投げることもなければソシャゲ課金もせず、サブスクも最低限。それでも車とかはちょっときつい、という話。

ちなみに、昔ガールズバー通いをしていたけど、今はそういったことも一切していないし、当時は研究費としてちゃんと予算を積んでやっていた。 (もう成果が出たので、行く必要がないから行ってない) それにかかった金額を考えると、いくら節制してもあれを日常に組み込むのは無理。しっっぶい飲み方してたけども。

件の人はセフレがいるらしいけど、私は特にそういうのもナシ。 モテるかどうかで言うと、そもそも接点がまるでないのと、異性を遠ざけてる現状なので、以前お金ないときのほうがモテてる。

ただ根本的な話として、浪費をしない限りお金を稼いでも生活って変わりようがないんだよな、って思うのよね。 もともとが贅沢したいけどできなかったとか、あるいはお金があればあるだけ高級なものに使うのが好き、とかなら別だけど、勿体ないことは嫌いってタイプの人にとっては既に十分であるものにさらにお金に使う理由に乏しい。

3着あれば着回せる服をそれ以上に持とう、っていうのもあんまりないし、満足している服があればそこから必要もなく欲しくもない服を買おうってはならない。食べ物の好みだっていきなり変わったりはしないから吉野家が好きな人は吉野家に行くし、私はマクドナルドに行くし、PCも何の不満もない性能があるなら超高いものを買う理由はないし、ヘッドフォンだってお気に入りのが一番だし。もちろん、元からいいのが欲しくて妥協したものを使ってる場合は別ね。それはお金があればいいものを買う。 私がドラムにいっぱいお金かけたのもそうだし。

だからその手の結構長く残るものに関しては、「現状のままで満足なので他はいらないもの」「欲しいし、だからいずれ買うもの」「欲しいけど、そうそう買えないもの」そして「欲しいから、手に入れたもの」の4つに分かれていく。 いずれ買うものに関しては買うので、それは「手に入れたもの」に入っていく。結果、「欲しいもので買えるやつはだいたい買ったし、今も欲しいやつはそうそう買えないな」って状態に割と簡単に至る。

私もそんな状態。車とかバイクとか欲しいけど、これはそんな買おうっていう見込みは立ってない。それ以外で「欲しい」に入って保留されているのは、PCのビデオカード、ハードディスク、STAXのヘッドフォン、オーディオインターフェイス、ドラムのバスドラムセンサーくらいしか思いつかない。 オーディオインターフェイスとバスドラムに関しては2, 3万円の話だから数ヶ月後くらいには買っているだろうし、ハードディスクとヘッドフォンは結構なお値段するので「よきときに」買うでしょう。ビデオカードは高騰してるっていう特殊な事情だから見通し立たないけど。でもそうなるといよいよ買うものってなくなってくる。

この状態では基本的に、お金を使うっていうと時間も一緒に使うことになる。 小説とかゲームとかいっぱい買っても、それに費やす時間がなければ意味ないからね。 そうすると、めっちゃ買いまくりなんてことにもならない。

そもそも今外に出られないのもあるし、個人的には体調の問題もあったし、だいたい私の場合「会社でフルで働いた上で、さらにそれに近い時間を自事業に費やしている」というのもあって、時間がないのも大きいね。 この意味では、車やバイクに関しても、「買ったところで乗る?」問題がある。車は買い物に使うけど、バイクは無理じゃないかなぁ…

さっきお金の使いみちとして「贅沢すると別」っていう話をしたけど、根本的にこの程度だと浪費するほどのお金ではないのよ。 ソシャゲにじゃぶじゃぶ課金してやるぜ、みたいなことも、キャバクラ通いしちゃうぜ、みたいなこともできないし、車とかバイクとかブランドものとかそういうのに手が出せるわけでもない。 気軽にタクシー使えるわけでないし、そもそも「ちょっと無駄遣いするとなくなる」くらいのお金だから、使いみちを選ぶことはできても考えなしには使えないし、使うぞって決めてたわけじゃないお金の使い方をするとやっぱ痛いなって思うのよね。

「稼ぐようになったから贅沢する」人からすると、年収1000万だから贅沢しちゃうぜ、なんてやったらあっという間に破産しちゃう。 だから贅沢したい人からみても、贅沢するとすぐお金がなくなるから結局「あんまお金ないなぁ」って感想にしかならないと思う。

稼ぐようになってどう変わった

やっぱストレスが減った。

例えば、食品に関してもお金がないととにかくコスパで選択するしかなかったのが、「おいしい」という基準で選べる。 貧乏だと調味料の種類が限られるから味がすごく狭いし、その調味料も安くて量が多いものに偏るから、あんまりおいしくなかったりする。 一方、調味料にお金をかけても額としては大したことないから、「バターはこれが好き」「ペッパーソルトはギャバンじゃないと」みたいなのができる。

お肉とかの食材をいいものにするのは、たまにならいいけど、日常的にやるともたないので無理。

でも、貧乏だと「品質とか関係なく一番安いスーパー」みたいな感じだったけど、「あっちのスーパーのほうがちょっとだけ高いけどお肉傷んでないし」みたいな選び方はするようになるね。

漫画とかもお金がないと「買えない」一択だったけど、割と買えるし、服も「微妙にサイズ合ってないけどこっちのほうが安い」みたいなバカバカしい選び方をしなくていい。

食器洗剤だって楽に汚れが落とせる量使えるし、洗剤ぶち込んでつけおきとかもできる。スポンジも傷んだら交換できる。

そういえば、こないだ枕買うときも、ニトリのそんなに高くないやつだったけど「試しに」で買ってる。 お金ないと「絶対コレ!」っていう確信がないと買えないしさ。

体調が悪いとか、忙しいから出かけたら寝る時間が、みたいなときに、ご飯のためにがんばらないで「デリでいいや!」ってできるのも大きいかな。

私はそもそも環境によらずあまり変わらないほうなので、食べるものが変わった、着るものが変わった、みたいなわかりやすい変化は特にない。家の向かいにすき家があったら、きっとすき家ばっかり食べてただろうし。1 それに、私がセールでしか買わないみたいなのは、「得をした、という気持ちがわかない買い物が嫌い」という大阪人としての業の話なので、これも変わらない。セールで買えばよりいっぱい楽しめるし!

お金がないときは「どうしてもこれがいいけど、いつになるか…」みたいな感じだった大きいもの(ベッドとかね)も、遠大な計画でなくても「今年は買おう」ぐらいにできるってのは大きな違いかな。

それに、数万円くらいのものは、悩まずに買えるわけではないけれど、遅らせることにメリットがなければ買うっていう選択肢が出るのも大きい。例えば先日キーボードを買ったけど、これはもう絶対に買うと決まってたものだった。なにせ私の理想のキーボードだったから。 で、別に大きくセールになる見込みがあるわけでもないし(むしろモノ的にセールは渋い)、耐久性を考えてもなるべく後のほうが良いってこともなく、理想のキーボードを使うことで生産性が上がるわけだから早いほうがお得。 タイミングとしてあんまり今お金使いたくないなっていう状態ではあったけど、今買ったほうがいいんだったら(遅らせる意味がないんだったら)買っちゃおう、ってなる。

HDDとかは値段の変動もあるし、耐久性の問題もあるからそうはならないけどね。今異様に高騰してるビデオカードもそう。

逆に「今買うのがお得!」のタイミングで買えるっていうのもある。Steamとかだと結構あるね。「全然セールにならないタイトルが3日間だけ安い!」みたいな。 以前だとAmazonのプライムデーとかもあったけど、最近はAmazonのプライムデーは費やす時間に見合うものが何もないからなぁ。 こういうの、買うモノは変わらなくても買うタイミングに柔軟性が上がる。

あとはそうね、質が悪いから結局無駄遣いになっちゃうと思っていても、今お金ないしダイソーで買おう、みたいなのが、ちゃんと機能を果たすやつを買おう、みたいになったりとか、お皿みたいなそうそう買い換えないものもダイソーとかキャンドゥじゃなくてもっとよさそうなやつ買ったりとか(今はCorel使ってる)、食品もダメになる可能性が高いと思いながら徳用を買うんじゃなく、使い切れるサイズのものを買うとか、そんな違いはあるかな。 調味料に関しては、普通のやつだと適当なサイズがないことが多くて、だいたい使い切れない(悪くなっちゃう)から結構いいやつ買ったりするよね。

「ピーナッツバターをダイショウ(225g/400円くらい)じゃなくてスマッカーズ(340g/600円くらい)にしちゃうぜ!」とか「ケチャップをカゴメケチャップ(300g/200円くらい)じゃなくてナガノトマト(300g/400円くらい)にしちゃうぜ!」とかそんな話よ。 大きく変わったのだとマーガリンは以前はラーマソフトだったけど、今はそれの数倍するようなマーガリンにしてる。でも、マーガリンそんな使わないから年間で600円くらいしか違わないのよね…

「うちはケチャップはナガノトマトしか使わないんだ」とか言ったら「すげー」ってなる? ……いや、これは若干なってほしい。ナガノトマト猛烈に入手性悪いんで。でもあれかな、デルモンテしか使わないとか、あるいはハインツしか使わないとか言ったらすげーってなるんだろうか。 私は単純に、ケチャップを調理に使うことはほとんどない(稀にチキンライス作るくらい)し、酸味の強い食べ物が苦手だからカゴメはの味はすごく苦手で、ケチャップは甘いのが好きだからハインツかナガノトマトって話なんだけども。ハインツは時間が経つと酸味が出てきて水っぽくなるからナガノトマトが良いのよね。

普段の生活で変わってるのはそんな変化に過ぎない。と言うけど、それができないのが貧乏だし、それを実行できることで割と「あーお金があるって楽だなぁ」って実感する部分だったりする。 そんな小さな変化を積み重ねると結果としては結構なお金を必要とするから、それを「生活のクオリティのために必要」と考えられるっていうのが変化だよね。

ちなみに、「ちょっとだけいいものにしよう」をやりすぎると足りなくなるくらいのお金でもある。 だからこういう小さなアップグレードも全く気にせずできるわけではなくて、ちゃんと線引きは必要になってる。

結局小さな出費でもお金のことを気にする必要はあるんだけど、間違いなく「お金のことを気にしなきゃいけない度合い」というのは減った。 貧乏生活は本当にお金のことで毎日胃を痛める状態だし、明日をも知れない感じにもなるから精神的に余裕がなくてちょっとしたことですぐ苛ついたりしちゃうんだよね。そういう意味で、お金は大事だなって思うよ。 ある程度稼げてても「めいっぱい節約してればやってける」程度の話だとそれはそれでお金のことがいっつもストレスになる。 それが、結構考えるけど常に考えてるわけじゃないくらいで済むようなるのは大きいかな。「だいたいこれくらいで大丈夫」というさじ加減で生活できる。ちょっと出費が続いちゃったときは結局気にするけど、それは「度合いが減ってる」だよね。

いい暮らしは無理

いくらあればいい暮らしができるんだろうね。

今の暮らしに取り立てて不満はないけれど、やっぱり欲しいものでも1万円を越えるようなものはそんなに気安く買えないし、暮らしそのものが割とジャンク。「安定して生きていられる」くらいの話でしかないし、お金をかけるポイントは相当絞らないといけない。

課税所得で2000万円くらいあれば、私なら欲しいで買っちゃえるくらいの生活ができるなって思う。 なにかすると時間も一緒に消費するし、私は無駄なことは嫌いなので避けられる出費は避けるし。

それでも、私の考えるいい暮らしには届かないかな。 私の考えるお金持ちは、贅沢をするとかじゃなく、お金のことを気にして日々を過ごさなくていいっていうものだから。 私は中学生のときにはもう、「お金ない…ご飯食べられない」だったから、それがしんどいと感じていて、それを全く気にしなくていいようなレベルに達したらなぁと思う。

お弁当買うときに「値引きシールないなぁ」とか考えなくていい、車で出かけるならガソリン代や高速代を気にしなくていい、本屋では荷物の重さだけ気にしてればいい、ゲームとかで気になって悩むのに時間を使うくらいなら買っちゃえばいい、暑い寒いならエアコンつければいい、みたいな。

ただ、それはもう私には想像のつかない世界なのは間違いない。 2000万円くらいなら想像もつくのよ。めっちゃ稼いでたときのことを思い出さなくても、どれくらい余裕が出るかがわかるし、そしたら何にいくらぐらい振れるかの計算が簡単にできるから。 というのも、今くらいの収入だと「ちょっと使っちゃった」が可能なので「気にしないで使うとこれくらいまで伸びる」というのはもう見えてるので、生活水準上げていってこれくらいになると見当がつく。「2000万円くらいあれば自然と暮らしてると結構余るなー」みたいな感じが出てくる。この「自然と」は、もちろんお弁当は値引きシールを狙う話。

これが3000万円、4000万円ってなるとだんだんよくわからなくなってくる。 手元にいくらくらい残るんだろう?ってところからちゃんと計算しないと分からないし、日々普通に生活していてセーブするようにしている部分を外す話をするのもやっぱり難しい。 じゃあセーブしないで、気にしない(節約することも、使うことも両方)にしたらいくらくらい必要?ってわかんないんだよね。

多分1億くらいあれば余裕じゃないかなぁ、と思うんだけど、それじゃ余りすぎて使いようがないかもしれないし、そんなもんでは結局気にしないと足りないかもしれない。つまりは全然わからない。 当然だよね。でなきゃそもそもこの記事読む人いないはずだもん。私にそのスケールの生活はわからない。

もっと言うなら、好きなだけ研究したり論文書いたり創作したりして暮らしていられたらいいのにな、とも思うけど、それは必要なお金を増やすわけではない(手に入れる手段を制限するだけ)だからあんまり考える意味がない。

一般に考えられる「お金持ちの暮らし」って、本人が価値を得ている確信がないものに対してお金を費やすような暮らしだから、それを「いい暮らし」っていうかっていうのは疑問なんだよね。 ただ、それに近い、つまり贅沢な暮らしっていうのは果てしなく遠くて想像もつかないようなものなのは確かだし、私の考えるいい暮らしは前述の通りだけど、それまた想像できないくらいには遠い。 だから結論、「1000万とか大したことない」に帰着する。

でも、今年は優雅な暮らしをすることにしたんだ。

優雅っていっても豪奢という意味ではなくて、あくまでエレガントでありたいってだけの話ね。 ティーサーバー買ったのもその一環と言える。去年は忙しさに追われるだけだったけど、今年は紅茶を淹れる時間を楽しむ、みたいな生活をするんだ。 去年環境を整えたから、なにかするときに薄くBGMを流しておくとかね。 そういう、心と時間に余裕をもって穏やかに過ごす、みたいなことができるようにしたいと思ってる。 筋トレとかも余裕がないとできないから、今年は毎日ちゃんとトレーニングしてるいのはその余裕の表れといってもいいんじゃないかな!